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「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」 画家の秘密に迫る

沢宮亘理2008/03/06

米国映画NA
「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」
(c)Diorama Films LLC. All rights reserved
 1993年の夏のこと。いきなり私事で恐縮だが、スイス旅行中だった私は、ローザンヌのアール・ブリュット美術館を訪れた。アウトサイダー・アート(いわゆる知的障がい者の手になる美術作品)の展示で有名な美術館である。入館して目に飛び込んだのが、横長の連作絵画だった。同じような姿の少女が多数描き込まれた一連の作品は、どこか塗り絵を思わせはするものの、それまで見たことのない不思議な世界を構築していた。独特な画風と色彩の美しさに幻惑され、私はその場に呆然と立ちつくした。

 作者名を見ると、Henry Dargerとある。ヘンリー・ダーガーと読むのだろうか。興奮した私は「この画家を紹介したカタログかパンフレットはないか」と職員に尋ねたが、「ない」との返事だった。カタログも作られないほどの無名画家なのか。諦めるしかなかった。

 しかし、その後しばらくして、日本でも少しずつヘンリー・ダーガーの作品が紹介されるようになった。21世紀に入ると、画集や解説書も出版され、ここ数年でダーガーの知名度は飛躍的に高まった。いまや美術界で最も注目を浴びる画家の一人である。「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」は、数奇な生涯と創作の秘密に迫るドキュメンタリーだ。

 ほとんど他人と交渉をもたずに生涯を閉じたダーガーの人生がいかなるものであったかを解明するのは、容易な作業ではない。監督のジェシカ・ユーは、自伝の引用、大家や隣人の証言とともに、彼の作品を用いたアニメを制作して、何とかこの独創的なアーティストの実像をあぶり出そうとしている。

 ダーガーの作品が世に知られたのは、彼の死後のこと。病院で雑役夫として働きながら夜な夜な密かに創作を続け、孤独に息を引き取ったダーガーの部屋からは「非現実の王国で」と題された1万5000ページを超える小説と、挿絵数百枚が発見された。それは、邪悪な大人の男たちに戦いを挑む7人の少女戦士“ヴィヴィアン・ガールズ”の物語だった。
 
 今日、ダーガーの作品としてスポットが当たっているのは、この挿絵のほうであるが、塗り絵の印象があるのは、彼がゴミの中からあさった新聞や雑誌から切り抜いた写真やイラストを、トレースやコピーにより加工して使用しているためだろう。素材の多くは“少女”だった。完成したダーガーの少女には男性器が付いているが、彼が女性の裸を知らなかったためなのか、意図的なものなのかは謎である。

 幼児期に母親を亡くしたダーガーは、病弱な父親のもとから少年施設へと移される。その後、誤診により知的障害施設に入れられた後、病院で雑役夫の職に就き、それが彼の生涯の仕事となった。女性と接触する機会はなかったかもしれない。
 
 ともあれ、ダーガーが築いた「非現実の王国」の謎解きは、いま始まったばかりである。

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「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」(2004年、米)

脚本・監督・製作:ジェシカ・ユー
ナレーション:ダコタ・ファニング、ラリー・パイン

春、渋谷・シネマライズほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。