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かつて一世を風靡したレスラーのランディ(ミッキー・ローク)。“ラム”の愛称で知られ、ラスベガスのスタジアムを熱狂的なファンで埋めた。リングの上に仁王立ちし、相手の体の上に飛び降りる。1980年代、熱い男たちの英雄的レスラーだった。
二十年たった。ラムは今も、小さな街でリングに立っている。もちろん八百長だってやる。試合中にかみそりで自分を傷つけ、血を流しながら戦う。それもショーの一つだ。観客を血を見て興奮し、熱狂する。しかし試合が終われば、帰る家は惨めな貸しトレーラーだ。興行でもらった金は、ぼろぼろの体をなんとか維持するための鎮痛剤、ホルモン剤、アルコールに消えてしまう。
そんな彼が試合直後、心筋梗塞で倒れた。手術した医師は「二度とリングには上がらないように」と忠告する。プロレス以外の世界を知らぬラム。途方にくれてストリップ・ダンサーのキャシディ(マリサ・トメイ)のもとへ行く。9歳の子を持つシングル・マザーのマリサは「プロレスをやめて、家族のところへ帰りなさい」という。すっかり忘れていた17歳の娘に、ラムはあわてて会いに行く。もちろん長く連絡を絶っていた父を、娘は受け入れない。ラムは紹介された肉屋で店員として働き始め、娘との関係修復に努める。ようやく娘の心は開かれるが、ラムは生きる目的をどうしても見出せない。このままずっと店員を続けるのか? 「自分のやりたいことに、自分を賭けよう」──。
悲しい話だ。ショービジネスでヒーローになってしまい、男は死ぬまでそこから抜け出せない。救いのない老醜。うらぶれたロマン。大ヒット作「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」、「ナインハーフ」から二十数年。52歳のミッキー・ロークは、長いことハリウッドから忘れ去られていた。05年の「シン・シティ」で、残忍な殺し屋の大男を演じたが、“八十年代アメリカのセックス・シンボル”は、今は見る影もない。
「寂しくてしかたないんだ」。心を開かぬ娘の前で、大きな男が涙を流す。彼からプロレスを取ってしまったら、何も残らない。わがままな赤ん坊のような大男。どうしようもない男を、ミッキー・ロークはよく演じている。もしかしたら、彼そのものの姿なのかもしれない。ストリッパーのマリサ・トメイが、いい味を出している。出演作をいくつも見てきたが、彼女はいつもストリッパーだったり、身持ちの悪い女だったり、“服を着ていない”印象が強い。44歳、とても美しい体だ。裸でセクシーなダンスをさせたら、本場の本物よりうまい。口をすぼめて話す様子、長い乱れ髪で男を遠くに見るような目。見つめられたらたいていの男はクラッとくるだろう。
体が資本。体を張って生きるしかない孤独なレスラーと、孤独なストリッパーの悲しさ。ラムの娘を演じたエヴァン・レイチェル・ウッドの硬く純粋な美しさが際立つ。汗、血、アルコールで汚れたはきだめに、突然真っ白な鶴が舞い降りたようだ。色白で可憐、薄幸の娘。父から長く忘れられていた孤独は、レスラーやストリッパーの孤独より深く痛い。
「熱い男のロマン」なんて、男は賞賛しがちだ。しかし私はそんなロマンは好きになれない。大きな体で小さな赤ん坊のようなレスラーを、ストリッパーは支えようとした。二人を理解しようとして、もっと娘は傷ついてしまう。そんな彼女の方が、人としてはるかに立派に見える。最後に流れるブルース・スプリングスティーンの歌が、渋くてとてもいい。
2008年ベネチア国際映画祭金獅子賞、2009年米ゴールデン・グローブ賞主演男優賞、主題歌賞を獲得した。
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「レスラー」(2008年、米)
監督:ダーレン・アロノフスキー
出演:ミッキー・ローク、エヴァン・レイチェル・ウッド、マリサ・トメイ
初夏、シネマライズ、シャンテ シネ、シネ・リーブル池袋ほかで全国公開。作品の詳細は
公式サイトまで。